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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1059号 判決

原告 飯塚金八

右代理人弁護士 丸尾美義

被告 中沢金次郎

右代理人弁護士 家入経晴

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が昭和二十年中被告に対し、原告所有の別紙目録の建物を賃貸したこと、その最後の約定賃料が一ヶ月二千円(統制の範囲内)であることは、当事者間に争がない。

この賃貸借契約において建物の使用目的を単に居住だけに制限したということは、これを認めることができる証拠がない。

(一)無断転貸の主張について

被告が本件建物に阿波根某、島影某をいれたことがあることは、被告も認めている。そのほかに被告が本件建物に他人を住まわせたということは、これを明認することができる証拠がない。

ところで、被告本人の供述によると、被告が前記二人を本件建物に入れた点については次の事実が認められる。

阿波根某は被告と親しい間柄の巡査で、昭和二十四年中月島警察署から深川警察署に転勤になつたが、深川警察署の寮に住んでいた先任巡査が立退かないので、行き先きにこまり被告に事情を話し、右の寮の部屋が間もなく明くからそれまで一時被告方においてもらいたいと頼んだ。被告は気の毒に思い、わずかの間ならといつて、一時阿波根を二階においてやることにした。ところが右寮の部屋の明渡が意外にのびたので阿波根の滞在もまたのび、その期間は昭和二十五年四月頃までとなつた。その間被告は阿波根から賃料などもらつていない。

島影もまた被告の知人であつたが、勤務先の会社がつぶれて失職するとともに住居を失い、昭和二十四年中被告を頼つてきた。そして自動車の運転を習つて免許をとり、就職したいから、それまで一時被告方においてもらいたいといつたので、被告はやはり気の毒に思い、一時同人をおいてやることにした。島影は自動車学校に通い間もなく自動車運転手の免許をとり、就職して昭和二十五年二月頃去つた。被告は島影から賃料など取つていない。

かように認められ、この認定に反する証拠はない。

以上認定したような事情のもとに一時的に借家人が他人を借家に入れることは、これによつて特に建物をいためたというような事情のない限り(そういうことは本件では認められない)、社会観念上借家人に許されたことであり、家主との関係でも不信行為にはならないとみるのが相当である。

無断転貸の場合家主に解除権を与えたのは、それが家主に対する不信行為として家主との関係で、非難に値するものであるからである。

阿波根等を本件建物に入れた行為の評価が前記のとおりである以上、無断転貸を理由とする原告の契約解除の主張は採用することができない。

(二)改造の主張について。

検証の結果によると、本件建物のうち店の部分の現況が原告の主張するとおりであることが認められ、また、原被告各本人の供述によると、原告が被告に本件建物を貸した当時は、(イ)店の床の部分は全部コンクリートのままであり、(ロ)店の表に面する部分は四枚の横開きの硝子戸になつており、(ハ)(ニ)店の左右両側はただ土壁になつていたこと、現在の状態になつたのは被告が模様替えをしたのであることが認められる。

すなわち、原告が本件建物を被告に賃貸した当時と現在とでは、本件建物中店の部分には外観上かなりの変更があることが認められる。

しかし、被告本人の供述によると、(イ)店の床の板張りはコンクリートの上へ置いたのであり、下のコンクリートは旧のままになつていること、(ロ)店の表に面する部分についてはもとの戸のままでは開閉に不自由であつたので、これをすべてはずし、そのあとへ現在の窓とドアーを左右へわずかの釘を打つて作りつけたのであり、右の古い硝子戸は保存してあること、(ハ)(ニ)店の左右両側については、もとの土壁が落ち、原告が修理しないので、被告がその上にベニヤ板を張つて修理したのであり、その部分は本件建物の保存行為になつていること、以上(イ)ないし(ニ)以外の変更は殆んど本件建物自体の損傷を伴つていないこと、そして本件建物をもとの通りに戻そうと思えば容易にそうすることができる実状であることが認められる。

すなわち、本件建物の外観上の変化にかかわらず、被告は建物自体にはあまり変更を加えておらず、わずかに加えた変更も容易に復旧することができる状態にあるのであるから、被告が本件建物を改造したことを前提とする原告の契約解除の主張は採用することができない。

(三)建物の使用目的変更の主張について。

この点について、建物の使用目的を制限したことが認められないことは、冒頭に述べたとおりである。人は如何なる職業をも自由に営むことができるのであるから、被告が本件建物でパーマネント営業をはじめたのは少しも差支えないものといわなければならない。建物の使用目的変更を理由とする原告の解除の主張も理由がない。

(四)さいごに解約申入の正当事由について。

原告の次女飯塚まさ子が原告主張の頃薬剤師の資格を得たことは当事者間に争いがなく証人飯塚千代子の証言、原告本人の供述を合せ考えると、その当時からまさ子は薬局の店を出すことを希望していたが適当な店舗をもち合せていなかつたことが認められる。

被告は「薬局をやるなら原告方でやればいい。」というが右の証人及び本人の供述と検証の結果とによると、原告はその住居の階下のうち原告夫妻の寝起きに使つている四畳半の間以外の部分を印刷業兼タバコ屋に使つていることが認められるから、まさ子の薬局経営のためにここを提供せよと原告に要求することは、いささか無理であるといわなければならない。

原告がまさ子の薬局経営のために本件建物を明けてもらいたいというのは、一応はもつともなことである。

しかし、被告本人の供述によると、被告は本件建物に妻の母、妻、子供四人とともに居住し、被告のたたき大工としての収入と被告の妻の営むパーマネント業による収入とで辛うじて生活しており、本件建物を明渡した場合行き先きのあてがないことが認められる。

パーマネント営業で相当の収入を得るようになるには地盤開拓のためかなりの努力を払わなければならない。いいかえると、新しいところへ行つて新規にパーマネント営業をはじめる者は顧客獲得のため有形無形のかなりの苦心をしなければならない。これは何人にもわかることである。また家族七人が新しい住居を入手するにはやはり相当の失費を覚悟しなければならないことも、いうまでもないところである。すなわち、本件建物の明渡を被告に命ずることは、被告らの営業の根底をおびやかし、かなり大きなぎせいを被告に強制することになるのである。

しかるに、原告側としては、本件建物を明渡してもらえないと住居にこまるわけでもない。

原告は、「まさ子は結婚して新居を構えなければならない。まさ子に独立の住居がないためたびたび縁談がはずれた。」ともいうが、その差し迫つた事情を認めることができる証拠はない。

被告側の事情をも考慮にいれて彼此検討すると、本件賃貸借契約については解約申入の正当な事由はないといわなければならない。

かくて、解約申入の正当事由があることを前提とする原告の主張も、その余の点を判断するまでもなく失当である。

以上(一)ないし(四)に判断したとおり、原告の本件賃貸借契約終了の主張はすべて理由がなく、したがつて本件賃貸借契約はなお存続しているとしなければならないから、本件賃貸借契約が終了したことを前提とする原告の請求は、失当としてこれを棄却し、訴訟貸用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広)

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